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なかなかこちらまで手が回りませんが……
以下のサイトで身近な地域情報を発信しています。

◆大崎一番ブログ - 大崎周辺の昔話
http://o-saki.jugem.jp/?cid=23

◆戸越銀次郎ブログ - 戸越銀座の昔話
http://t-ginjiro.jugem.jp/?cid=8

◆mixi - 大崎探検隊
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1781315
宝徳子育て稲荷

TOCから第2京浜をはさんだ反対側の路地裏を散歩していたら、ビルの谷間に小さいながらも手入れのいきとどいたお稲荷さんを見つけました。
「宝徳子育て稲荷」というそうです。

ビルの持ち主さんが今でも手入れをしているようで、由来書きを読むと、その地主さんの家系は代々「いなりや」という蕎麦屋さんを営んでいて、当時はこのお稲荷さんを中心にずいぶんとにぎわっていたようで、初午祭には露店や見世物小屋が並んだそうです。

昔は居木神社も参道の階段辺りまで露店が出ていたそうですし、昔のにぎやかな縁日も見てみたかった気がします。
蛇窪支線

以前にも蛇窪村にまつわるお話を紹介しましたが、身近な大崎駅でも「蛇窪」の文字を見つけてしまいました。この写真はりんかい線のホームで撮ったもの。どうやら大崎には山手線やりんかい線とは別に、もともと貨物列車用の「蛇窪支線」という路線も存在していたようです。
「蛇窪支線」は東海道線と山手線をつないで貨物列車を近道させるために作られたもので、現在の新宿湘南ラインはもともとあったこの路線を利用して作られたものなのだそうです。

■蛇窪信号場 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%87%E7%AA%AA%E4%BF%A1%E5%8F%B7%E5%A0%B4
■大崎支線 「蛇窪支線」
http://www.weblio.jp/content/%E5%A4%A7%E5%B4%8E%E6%94%AF%E7%B7%9A


10/21or28(do)?
蛇窪村の白蛇伝説

仕事がらみで地元の風土史を調べていたらおもしろい話をみつけました。
かつて荏原・中延の辺りは「蛇窪村」という地名だったそうです。「蛇窪」というのは「蛇の出そうな湿地帯」という意味なのですが、そんな雰囲気に人々の想像力が感化されたのか、周辺には蛇にまつわる伝承が語り継がれています。

今では荏原七福神の弁天様が祀られている「上神明天祖神社」に鎌倉時代、清水の湧き出す洗い場があり、そこに白蛇が住んでいました。しかし時代の移り変わりとともに清水は途絶え、洗い場はなくなってしまいました。仕方なく白蛇は今の戸越公園の池に移り住んだのですが、やはりもといた場所が恋しくてなりません。そこで旧家・森谷友吉の夢枕に立ち、元の場所に返して欲しいとお願いしました。森谷氏はこの話を天祖神社の宮司に伝え、弁天社を作って白蛇を再び迎えることになりました。白蛇を迎えた夜、それまで星のまたたいていた空が一転にわかに掻き曇り、雷鳴とともに風が吹きすさんだといいます。

今ではその弁天社は場所を移してしまったそうですが、やはり地元の人たちの手によって残されています。天祖神社の裏側に隠れた弁天社はきっと、はじめて見た人をビックリさせるに違いありません。なんと4匹の白蛇が屋根や柱にからまり、すぐそばの鳥居からは氣志團を思わせるリーゼント頭の龍神が顔をのぞかせています。
どうやら石碑に刻まれた文字からすると、昭和50年に真鍋勝さんという方が造って奉納したものなのだそうです。

私が日頃から敬愛して止まない珍寺大道場さんのサイトに詳しい解説と写真が満載です↓

■珍寺大道場 - 上神明天祖神社
http://www41.tok2.com/home/kanihei5/kamisinmei.html

リアリティと愛嬌の同居したアナーキーな造型にすっかり心奪われてしまいました。しかし話はこれだけでは終わりません。品川が誇るミステリーゾーン・蛇窪はさらなる謎を用意しているのでした。
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